為替デリバティブ問題の解決~金融ADR申立と銀行取引への影響

弁護士高橋信雄

 

1 ADR申立は銀行取引に差し支える?

 全国銀行協会のあっせん委員会に対する紛争あっせんの申立(金融ADR)が急増し,平成23年4月~6月では,約110件に達しています(平成23年8月28日付日本経済新聞)。これは,平成22年度の年間申立件数172件に迫る数字です。

 しかし,金融庁の調査によれば,全国1万9千社の企業が為替デリバティブの契約をしているということなので,この水準で推移したとしても,1年間の申立件数は全体の約2パーセントにすぎません。過去の申立件数を入れたとしても,全体の約3パーセント程度と思われます。為替デリバティブによる損失が,企業に相当大きなダメージを与えている現状からすると,申立件数はまだまだ少ないという印象を受けます。

 申立件数が未だ低調な理由としては,ADR申立をしたいが誰に相談すればよいのかわからない,銀行相手に争って勝てるわけがないというもの等が考えられます。しかし,企業がADR申立を躊躇する一番大きな理由は,銀行と争って後々銀行取引に差し支えたら困るというものではないでしょうか。

 実際,私も多くの相談を受けるなかで,銀行取引に差し支えては困るので,できれば銀行と正面切って争わないで解決できないか,という声をよくお聞きします。

 しかし,解約清算金の減額が目標であれば,銀行と全く争わずに目標を達成することはできません。示談交渉において銀行が解約清算金を減額することは,法令上禁止されている損失補填に該当するからです。

 そこで今回は,ADRの申立をすることとその後の銀行取引への影響について解説することとします。

 

2 デリバティブの履行を止めたら,融資も引き揚げ?

 まず,為替デリバティブについてのADR申立に関しては,銀行はほとんどの場合,ADR申立と融資取引は分けて考えています。今までにADR申立を原因として,融資を引揚げられたとの事例は見聞していません。ADR申立自体は,銀行取引約定上,何ら期限の利益喪失事由に該当しないので,これは当然と言えば当然です(期限の利益喪失とは,借入契約の期限までに返済すればよいという利益を失うこと,すなわち,借りたお金を今すぐ一括で返さなければいけないということです)。

 では,ADR申立の前提として,為替デリバティブ契約の履行を止めた場合はどうでしょうか。この場合も,少なくともメガバンクについては,貸付けについて期限の利益を喪失させられた事例は見聞していません。

 ただし,為替デリバティブ契約の履行を止めることは,銀行取引約定上の期限の利益喪失事由に該当するので,個別事情や銀行によっては,その対応にも温度差があるようです。したがって,デリバティブの履行を止める判断の前に慎重な検討が必要となります。

 

3 為替デリバティブ問題に詳しい専門の弁護士への早期の相談が重要です

 ADR申立によって,銀行との関係に全く波風が立たないことはありません(もっとも,最近は,銀行の方からADRの利用を勧めるケースもあるようです。このような場合は波風も立たないかもしれません)。しかし,この先何年間も為替相場を気にしながら損失(多くの場合,経営に影響を及ぼす規模の金額)を出し続けるよりは,ADR申立等により,為替デリバティブ問題に決着をつけ,本業の経営に専念する方がどれほどよいかわかりません。

 もし,為替デリバティブ問題で悩んでいらっしゃるのであれば,為替デリバティブ問題に詳しい専門の弁護士に早期に相談することが重要です。弁護士を代理人に立てずに銀行との交渉を続けた結果,かえって銀行との関係がこじれてしまう例もあります。

 例えば,先ほどのデリバティブの履行を止めるか否かの判断にあたっては,紛争の個別事情や個別銀行毎の対応を慎重に見極める必要があり,そのためには,当該デリバティブ契約の分析のみならず,企業の当該銀行との関係,取引内容や,当該企業に対する銀行の信用リスク格付や取引方針等をも踏まえた分析・判断が必要です。

 当職は,長年の金融機関での勤務経験を踏まえて,個別事情や個別銀行の対応等総合的な分析・判断を行ってご依頼人に提供しております。どうぞお気軽にご連絡ご相談下さい。

 

(2011/11/23掲載)